Japanese Red Cross Medical Center Emergency and Critical Care Medicine Center

視認性向上に向けた取り組み

ドクターカーは、事故現場や災害現場など、危険な場所で活動します。そのため事故予防を行うことがとても重要です。事故予防に有用なのが視認性の向上です。

ドクターカーがもらい事故を受けないよう、最大限の予防策をとる理由は、ドクターカーが活動できなくなると、傷病者の方が医療を受けられなくなるからです。もちろん、乗車している医師・看護師・救急救命士等がケガを負うことも避ける必要があります。

そのために有効なのが「視認性visibilityの向上」です。

日本赤十字社医療センターのドクターカーが、どうしてこのようなデザインなのか、深い理由を紐解いていきたいと思います。

(「ドクターカーができるまで」はこちら

緊急自動車の視認性
緊急車両への反射材取り付けに関する学術的ガイドライン
夜間(暗所)における視認性向上
薄暗いときの視認性向上
(執筆担当:山下智幸)

 

緊急自動車の視認性

緊急自動車は、道路運送車両法(昭和26年法律第185号)と道路交通法(昭和35年法律第105号)において定められており、所管するのはそれぞれ国土交通省(実質的には運輸局:東京は東京運輸支局)と公安委員会(実質的管理権は都道府県警察:東京は警視庁)です。

道路運送車両の保安基準(昭和26年運輸省令第67号)第49条 で緊急自動車に備えるべきものが定められており、告示において前方300 mから点灯を確認できる警光灯(一般には赤色灯と呼ばれます)と前方20 mで90-120 dB(デシベル)のサイレンとされています。

また、道路交通法施行令(昭和35年政令第270号)第14条 で緊急自動車の要件が定められ、サイレンを鳴らし赤色の警光灯をつけることが必要です(つまり、緊急自動車がサイレンを鳴らさずに緊急走行することはできません)。

このように、緊急自動車全般は、決められた方法で一定の気づかれやすさが担保されていると言うことができます。緊急自動車が担う緊急用務(例えば、ドクターカーは医師派遣、救急車は患者搬送、消防車は消火活動、パトカーは警察官の臨場)が円滑に行われるためにも大切なことです。

緊急自動車として認められるようになるための流れは、登録と指定の2種類がありますが、ドクターカーが指定を得るまでには厳密な手続きが必要で、運輸局と警察に交互に書類をやり取りする必要があります。

緊急車両への反射材取り付けに関する学術的ガイドライン

緊急自動車が事故に合い、電源喪失あるいは赤色灯の故障に合うと緊急自動車の視認性は大きく低下します(実際に発生したこういった事態により、殉職した例も報告されています)。

このように稀な事態においても視認性を保つ方法について、日本交通科学学会では以前から検討がなされており、2014年に「視認性に優れた緊急自動車にするための検討会」からの報告がありました。

緊急車両は危険な場所で活動するため、もらい事故等により緊急車両に備えられた赤色灯等が機能しなくなった場合にも視認性を維持する必要性が強調され、反射材が注目されました。

日本交通科学学会は提言を取りまとめ、国土交通省自動車局・総務省消防庁・全国消防長会等の関係諸方面へ提出し、反射材の使用が消防を中心にさらに促進されるに至りました(既に警視庁のパトカー、東京消防庁の救急車、高速道路のパトロールカーなどにも反射材は使用されています)。

その後、日本交通科学学会日本臨床救急医学会の合同委員会は令和元年(2020年)7月10日に「緊急車両(法令では緊急自動車と表現します)への反射材取り付けに関する学術的ガイドライン」を発出し、合法的な範囲で可能な限り安全な緊急車両とする方法について具体的に述べられるようになりました(日本臨床救急医学会誌(JJSEM)2020; 23: 62-67.、日本交通科学学会誌(JJCTS)2019; 19: 53-58.)。

日本赤十字社医療センター救命救急センターは、この取り組みを重視し、乗車するスタッフの安全を確保するためガイドラインに準拠した反射材貼付を行いました。

夜間(暗所)における視認性向上

夜間は他の車両がヘッドライトを点灯するため、再帰性のある反射材の使用が有用です。

再帰性とは、反射材に対して光が差し込んだ方向(後方車両のヘッドライトが緊急車両の反射材にあたると、後方車両ドライバー方向)に反射する性質のことです。これにより後方車両ドライバーは緊急車両を認識するのが早まり、事故回避行動につながります。

後方車両のヘッドライトは、前方車両の車体下部から照射され、後方車両が接近すると徐々に車両上方に照射範囲が広がっていきます。

したがって、反射材を貼る場所に悩む場合、なるべく車体下部に貼付するのが有用です。

薄暗いときの視認性向上

明け方や夕方、悪天候などにより薄暗い時間帯には、後方車両がヘッドライトをつけていないこともあります。そのような場面でも視認性を向上するのに有用なのが「蛍光fluorescence」です。

簡単にいえば、薄暗いときにも存在している紫外線を利用して、目に見える光(可視光)の量を増やして車両を見やすくする工夫です。

蛍光とは、蛍光物質がある波長の電磁波を吸収し、別の波長(より長い波長)の電磁波を出す現象のことをいいます。

蛍光物質を含む反射材は、紫外線(波長の短い電磁波)を吸収し可視光(目に見える電磁波)を出します(日本赤十字社医療センターの車両では蛍光黄色、蛍光橙色の蛍光物質を含む反射材を採用しています)。そもそも、ものが見える原理は、もの(例えば車体)に当たった光が反射して目に届く(結果、車が見える)からですが、この反射光に加えて、蛍光の原理で発せられた光も加わるため、薄暗い環境下でももの車が見やすくなります。

こうすることでヘッドライトをまだつけていないような薄暗い環境においても、視認性を向上することができます。

蛍光現象の実際

この実験は、市販の蛍光ペンに殺菌用の紫外線(254nm近辺のUV-C)を照射したものです。文字が鮮やかに見えるのは蛍光物質の効果です。蛍光ペンのインクに含まれる蛍光物質が紫外線を吸収し、可視光(目に見える電磁波)の周波数帯の光を出すため文字が鮮やかに見えます。

薄暗い状況でも、地面による反射や大気による散乱現象により太陽から地球に注がれる紫外線はいくらか存在しています(恐らく、雨の日や曇りの日、夕方にも日焼け対策を怠らない女性たちは、この紫外線の存在を知っているのでしょう)。この自然現象をドクターカーの視認性向上に役立てるべく、蛍光物質を含んだ反射材にしています。

薄暗いのに存在している紫外線のおかげで、蛍光物質は紫外線からエネルギーをもらい光を発し、鮮やかに見えることで視認性が向上しています。

紫外線については気象庁のホームページを参照してください:散乱地表面反射

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